渋谷コントセンター

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2017年9月29日(金)~9月30日(土)

テアトロコント vol.22 渋谷コントセンター月例公演(2017.9)

主催公演

公演詳細

テニスコート『お骨上げ』『病室2』:本当におかしいものは何か
どちらも一幕ものの中編コント。一見よくあるシチュエーションなのだが、異常事態が起こる。
『お骨上げ』の舞台はその名の通り、火葬場である。鼻つまみ者で愛されることのなかった男の骨を、その甥たちと火葬場職員と拾って行く。職員が喉仏を探すが見つからず、丁度いいサイズの骨を喉仏ということにする。しかし諸事情で骨壷が足りない為、プリングルズ(サワークリームオニオン味)を骨のトレイにぶちまけ、その空き缶に骨を入れていく。
小出圭祐演じる火葬場職員が素晴らしい。心があるのか、狂ってるのか。観客を落ち着かせない繊細なバランスを保っている。喉仏を真剣に探す姿と、その為に骨を箸でかき回し、プリングルズの味の種類を薦める姿が両立している。
このコントのボケ役は火葬場職員であり、最も異常な点はプリングルズのくだりである。これは間違いない。間違いないが、どこか納骨そのもののおかしさ、もっと言えばマヌケさも感じてしまう。人の死体を焼き、焼け残った骨を足から順に骨壷に入れるのと、それをプリングルズの空き缶に入れるのと、どれほどの差があるのだろうか。おそらくメンバーが実生活でお骨上げに立ち会い、マヌケさに気づいたことからこのコントが生まれたんだと思う。コペルニクスのような孤独な冷静さで「地球は回っている、納骨はマヌケだ」と悟ったと想像する。
『病室2』の舞台は、ある入院中の少年の病室である。手術を間近に控え、少年は母親に不安を漏らす。気遣う母に対して少年は答える。手術を控えた少年の下には、「プロ野球選手」が来るのだと。
ドラマでよくあるシチュエーション「手術を控えた病床の少年に、プロ野球選手が激励にやってくる」をベースにした設定である。このコントの世界には現実世界で言う「プロ野球選手」も「野球」も存在しない。妖怪の名のように繰り返される「プロ野球選手」と、それを撃退するまじないのように行われるバットの素振り。そして現れる「プロ野球選手」の言動など、例のシチュエーションの「あるある」を丁寧にコント化していく。
神谷圭介演じる母がツッコミ役なのだが、この存在がコントの体幹を担っていたように思う。「プロ野球選手」を妖怪扱いする世界での絶対的な中立。世界観を維持しつつ、現実世界の観客にも共感する。「何がおかしいの?」とも言いたげな彼のすっとぼけた態度が絶妙だった。
『お骨上げ』とは少し違い、このコントは世界全体がおかしい。なにせ、野球というスポーツの存在も危うい。野球の概念の外側にこのコントは存在していて、プロ野球選手の見舞いだけでなく、プロ野球や野球自体のマヌケさをも描いているように思える。少なくとも、野球好きが書いたコントとは思えない。
先日放送された『とんねるずのみなさんのおかげでした』で、あるキャラクターが同性愛者への差別ではないかと問題になった。ネット上では「お笑いの為にマイノリティを踏みつけていいのか?」と議論が起こった。テニスコートは、マジョリティから見たマイノリティを上から目線で「変じゃね?」とネタにするのではなく、誰も変に思ってなかったことを「実は変じゃね?」と問いかけてみせた。お笑いとしての優劣の判断はしないが、個人的にはテニスコートの姿勢がとても好きだ。
終演後のアフタートーク、ななまがりの初瀬悠太が「テニスコートさん、芸人みたいに面白かったですよ!」とナチュラルに無礼な発言をしていた。この発言の真意はおそらく「演劇系には珍しく爆笑を狙いに行く」ということだと思うが、テニスコートは所謂「シュールで静かなコント師」ではない。演劇的完成よりも、観客の爆笑を重視しているように見える。スタイリッシュなお揃いのシャツとは違って、笑いへの欲深さは「芸人」に近いのかもしれない。(森信太郎)

気まずさと、切なさと、口には出せない歯痒さと。
碁敵は憎さも憎し懐かしし。そんな古川柳のマクラから入る落語があります。「笠碁」です。碁を打つことが唯一の楽しみと言っていい二人の旦那。「今日は待ったなし」ということで始めたものの、どうしても「待った」をしたくなる。何とか「待った」を認めてもらおうと懇願するが、「今日は待ったなしだから」と聞く耳を持たない。そこで持ち出したのは、借金の一件。「あなたが借金の返済を待ってくれと言った時、私は待てないと言いましたか?」勿論、碁とは全く関係のない話でありまして…。お互い意地を張り合って、挙句の果てに喧嘩別れをしてしまう。数日後、碁を打ちたくて、うずうずし始めた二人の旦那。でも、妙な別れ方をしたせいで、顔を合わすきっかけを作るのが難しい。その何とも気まずい空気感と二人を隔てる距離感が、得も言われぬ笑いを醸し出す、古典落語の傑作です。
この噺に通じる魅力を感じたコントがありました。マツモトクラブさんの「オレたち」です。夢を追いかけていたバンドマンにとうとう訪れた別れの日。旅立とうとする男にバンドメンバー(音声のみ)が声をかける。別れ際に何度も。振り向きざまに何度も。しつこいぐらいに何度も、何度も。二人が共有する思い出話だけでなく、旅立つ男の脳裏には全く焼き付いていない話まで。「そんなことあったっけ?」と言いたげだけど、いわゆる、ココはいいシーン。台無しにしてはならないと、中途半端な相槌を打つ。この何とも言えない空気感と距離感。皆さんも何度か経験があるでしょう。自分を偽り、役を演じなければならないという場面を。人間の悲しい性が客席の笑いを誘います。
ところが、そんな悲しい性は、何度も声をかけて引き留める男の側にもあったのです。相手が覚えてもいないような話題をわざわざ振ったのには大きな理由が。その時、ビール代を立て替えておいたことを思い出させ、そのお金を返してもらおうと、やっとの思いで、その話題を切り出したのです。1554円を何とか返してもらいたい。その一心で…。何とも、まぁ、回りくどい話です。「単刀直入に言えよ」と思う人が大多数かもしれません。でも、小心者の彼はこうするしか手がなかったのでしょう。旅立つ男はそんな出来事があったとは全く思い出さないものの、相手の意を汲み、2000円を渡します。釣りはいいからと。
それから20年の月日が流れ、再会の時。別れ際、2000円を受け取った男が旅立った男にあるものを差し出します。あの時のお釣り、446円です。傍から見れば、はした金かもしれません。でも、それこそが、二人を繋ぐ絆の証。ギターを奏で、歌うことが唯一の楽しみだったメンバーは、若き日と同じように音楽を楽しむ。決して上手とは言えない音楽を。試行錯誤を重ねて磨けば、人情噺の名作にもなり得る作品です。心の機微を丹念に描けば、それだけで笑いは生じるのです。(市川幸宏)

注)文中の「東葛スポーツ」は全て「トレンディドラマ」です。
【親愛なる27日のあなたへ】
あなたは今、この文章を読んでいる。上演までの空き時間に、この文章を読んでくれている、のかも知れないし5分休憩の時かもしれない。5分休憩な場合は、努力クラブ、市民プール、ザ・ギース、ゾフィー(うわ、上演順まだ分かんないししかもテアトロコント日によって出演者違うから別日verも用意しなきゃじゃん、日毎に内容変えて載せて貰おうかな、いや、そんな手間を掛けさせるのはさすがに無いな、ダサいし本質崩れるけど2パターン載せちゃえ、下参照)の内の2組、コントのような演劇のようなのを見終わった直後だろう、面白かったですね、あ、上演前の場合はこれから楽しみですね。(アフタートーク後に読んでいるパターンもあるが、ここでは考えない。)実はわたしも今、この会場にいる(日程調整中)。腕を組み、眼鏡で、小難しい顔をし、舞台を見つめる、それが私、批評モニターである。ただ、話しかけないで欲しい、あくまでこの私信を通してコミュニケートしたいのと後ただの小難しい顔の別の人の可能性が高いからである。なぜこのような文章を書いているかというと前回出演の東葛スポーツとそのネタに使われた坂元裕二に密かな接点があったのではという資料をゲットしたので他ならぬあなたにだけ開陳しようと思ってのことである。《これまでの日本の物事に対する価値観は、もののあはれ、などという言葉に支配されていた。そんな言葉はいらない。そんな言葉を使う者がいなければ、黙っていても、この世界は美しく豊かで明るく楽しいのだ。それが夢だ。理想だ。フィクションの持つ力だ。夢と理想を描いているのが、彼ら日本人の嫌いな東葛スポーツなのだ。夢を見なければ生きていけない、理想を掲げずにはいられない者たちが作り上げた正しいフィクションなのだ。東葛スポーツとは一過性のブームではない。東葛スポーツとは日本のフィクションが獲得した一つの到達点なのだ。普遍なのだ。これからはこれが当然の前提としてすべてのフィクションは成立する。「トレンディドラマ 坂元裕二」『潮』九二年四月号》、凄い褒められようである。さてそんな東葛スポーツ新作「ハウス」が11月25・26・27日に六本木スーパーデラックスで晴れて上演となります。トレンディドラマでなくホームドラマでもなくハウスドラマみたいですよ、要チェック。テアトロコントvol.24いつやるか私にはまだ分かりませんが多分近い日程なのかもしれません、当日パンフレットに挟んであるはずなのであなたの方がいっそ逆に詳しいはずである。会場でまたお会いしましょう。(会場で読んでもらえてないパターンむしろ長い劇評その場で読む人口の方が少ないと考えたら会場外、後日verも用意しなきゃなのがさっき発覚しました、下参照)
【親愛なる28日のあなたへ】
あなたは今、この文章を読んでいる。上演までの空き時間に、この文章を読んでくれている、か5分休憩の時かもしれない。5分休憩なら、努力クラブ、市民プール、ライス、Aマッソ(上演順不明)のうち2組、コントみたいな演劇みたいなの(でとりあえず濁すしかない)を見終わった直後だろう。(アフタートーク後に読んでいるパターンも実際あるが、ここでは考えない。)実はわたしも今、この会場にいる(日程調整中)。以下は大体29日のと同じです。
【親愛なる会場以外のあなたへ】
あなたは今、この文章を読んでいる。帰路の車中で、歩きながら、家の居間で、ベッドにねっ転がりながら、あとそもそもテアトロコントvol.23見てない人も含まれるかもしれない、会場ですぐ当日パンフレット読む人の勇気凄いですよね、ネタバレとか少し気にしちゃうので当日パンフレットは終わった後読むタイプなんですがたまに「開演前にお読み頂きたい」みたいな内容のとかあって、ちょっと待ってもう終わっちゃったよみたいなパターンたまにありますよね。この上に書いてある文章が正しくそれです。(小高大幸)

テアトロコントの恩恵は計り知れない。
【1】卯月<コント師>/★★★☆☆/出演者:三人。10分1000円殴り放題に挑むサラリーマンが、ボロ服を着た弱々しい男に恐縮して殴れない『ぼろぼろ』含む四作品。低知能・低身分のキャラを起点に、巻き込まれるか翻弄するパターンが、短くすんなり見れて好印象。特に労働デモで「おまんじゅうが食べた〜い!」と叫ぶ男が紛れ込む『デモ』は、デモのもつループのバカバカしさとマッチしていた。低知能キャラの手に凶器が渡る悲喜劇パターンも見てみたい。
【2】テニスコート<演劇人>/★★★★☆/出演者:三人。”喉仏”が見つからず、見せ場とやる気をなくした火葬職員をおだてて無事に収めようとする『お骨上げ』含む二作品。難病児が、ホームランと引き換えに手術を約束するプロ野球選手を”悪魔扱い”して退治する『病室2』もそうだが、悲しみの場所に泉のように湧く可笑しみを、できるだけ自然に、そっと手で汲み取って笑いにする視線が優しい。プロ野球選手を、模型にライトを当て影絵で映すローテクもセンス良かった。
【3】東葛スポーツ<演劇人>/★★★★☆/出演者:二人。一作品。二人。Jアラートを装って近付き、浮気された者同士のスマホやりとりが始まる『往復書簡』一作品。二年前のテアトロコントをきっかけに浮気した旦那への復習に、”今日のテアトロコント公演中に事件を起こす”というメタ展開。演劇ではやり尽くされたメタ手法だが、テアトロコントで観ると不思議な新鮮さと緊張感があった。時事ネタとマイブームと謎ラップの融合で、これからも楽しませて欲しい。
【4】ななまがり<コント師>/★★★☆☆/出演者:二人組。『借金』等五作品。わかりやすく楽しみやすい。ツッコミが直線的で大味なのが気になったが、単に声が大きい人が苦手なだけかもしれない。初デート前、会話に自信の無い男に、見知らぬ男が現れ”驚きネタ”を披露する『話しを作ってくれる人』が、役に立ってるように見えなくて好きだ。
【総評】前から薄々感じていたことだが、殆どの作品で本編・転換問わずこれだけ映像が多用されているのだから、もっと大きなスクリーンに改良したほうが見やすいと感じるのは自分だけだろうか。兎にも角にも、キングオブコントでテアトロコント出場組を見つけると、親近感を覚えて応援してしまうし、転換曲Metronomy「My Heart Rate Rapid」を聞くだけで自然に体がコント鑑賞モードに入る(これを書かせて頂く時も必ず聴いている)。テアトロコントの恩恵は計り知れない。(モリタユウイチ)

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