渋谷コントセンター

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2022年1月28日(金)~1月29日(土)

テアトロコント vol.54 渋谷コントセンター月例公演(2022.1)

主催公演

公演詳細

個性がないとは言わせない。
「公認会計士で税理士資格を持つ星野光樹(左)、リクルート元社員の一平(右)のともに早大商学部出身の異色コンビ」というテアトロコントのホームページの紹介文に得も言われぬもどかしさと苛立ちがあることを公言したGパンパンダ。ネタ番組のキャッチコピーやお笑い大会の煽りVTRでも同様に職歴と学歴がメインで紹介されることに被害者意識を持っていた彼らは、あることに気づいた瞬間、愕然としたそうです。自分たちのコントにはコレといって言及するポイントが無い…。果たして、そうでしょうか?少なくとも、今回のテアトロコントでは、彼らならではの個性が輝きを放っていました。
例えば、一本目の「就職活動」。緊張した面持ちで面接を受ける就活生、一平さん。星野さん演じる面接官はほぼほぼ内定が決まったので、希望する部署を本音で話してほしいと投げかける。ざっくばらんに話を聞きたいという雰囲気を出して。すると、就活生はそれまでの硬さが一気に緩み、本音で希望を口にする。楽して稼げるところだと。戸惑う面接官。質問に素直に答えただけで、何故、戸惑うのか、皆目、見当がつかない就活生。面接官に追い打ちをかけるかのように、ここまでの面接で話したことは嘘だったとまで暴露する。タガが外れた学生ノリのテンションで…。いくら今どきの若者でも、こんな失態は犯さないと思われますが、面接官の誘導尋問に引っかかる学生はいくらでもいるでしょう。現実をオーバーに表現する。リアリティはなくとも、不自然さは感じさせないやりとりに観客は思わず引き込まれます。
二本目の「飲み会」はそんな若者の就職後を描いた続編のような作品。上司に飲みに誘われた若者。嬉しい!一緒に行きたい!と猛烈にアピールするものの、日にちを問われると、その日はどうしても都合がつかないと物凄く残念そうに悔しがる。一見、極めて有効な断り方にも思えますが、そんなやりとりが延々と続くと、流石に上司も察知します。コイツ、俺と飲みに行く気、全然ないなと。これもまた誇張して描いているだけで、あり得ない話ではないでしょう。上司を持ち上げながら、距離をとるタイプの若者は一定数、日本に存在するはずです。
こうした若者気質をある種の毒気をもってコントに昇華できるのは、そんな同世代のエリートビジネスマンの生態を目の当たりにしてきたからでしょう。これは大きなセールスポイント。他のコント師にはあまりない知的な毒が、紛れもない二人の個性なのです。(市川幸宏)

所作と「間」に、ベテランの余裕が光るザ・ギース
【ザ・ギース】
【リゾバ】
お盆や年末年始など長期休暇の際に、短期で繁忙期の観光地に住み込みで働く、大学生に人気の「リゾートバイト」、通称リゾバで働く男(尾関)と、リゾバで働きに来る大学生などを管理監督している海の家の店長(高佐)の会話劇である。リゾバで働く男は、「親の手術代を稼ぎたい」「妹はまだ小さい」というバックボーンを背負っており、体調が悪くてもその日の勤務を続けようとするのだが、「いやいやそれならリゾートバイトではなく警備員とかもっとほかの職業を選択するのでは」という真っ当なツッコミを店長から受ける。シンプルに何も考えずに笑えるストレートなコントを先頭に持ってくる、ザ・ギースの巧みな構成が光る。
【親子クイズ】
18歳の恐らく大学受験を控えた高校生(高佐)の部屋に、父親(尾関)が訪れてくつろいだ様子で雑誌を読み始める。勉強の邪魔になるので、息子があきれた様子で「これじゃどちらが大人か分からない」と発言をすると、唐突に父親からクイズが始まる。そのクイズは、息子と父親の血縁関係など、全くシャレにならないもので息子が戦慄する、という話である。不条理な展開だが、観客を置いてきぼりにさせないギリギリの線を攻める、ザ・ギースらしさのようなものが良く出ていた。
【サウンド・オブ・ミュージック】
友達同士の何気ない会話で展開していくが、冒頭から不穏である。友達が結婚した話をしていたかと思えば、唐突に、しかもサラッと「修学旅行の最中、女子の部屋に突撃しようと盛り上がる中、掃除のおばさんの部屋に入ってしまい、しかもその後、掃除のおばさんと童貞喪失した」と尾関が打ち明ける。そのようなぶっ飛んだ世界観で、「普通ではないこと」が起きても不思議と納得してしまう世界観は醸成されている。その中で、「おならの音がエンヤになる」というバカげた展開を見せる。このコントは、ナンセンスとしか言いようがないが、2人の演技力で笑いに持っていった。
【予告焼肉】
 新装開店の焼肉屋。客(高佐)が店に入ると、そこは単なる焼肉屋ではなかった。メニューを映画予告風に、一品一品紹介する店員(尾関)。例えば、出荷される前の牛と飼い主の別れを、たっぷり紹介した後に「タン塩」が出されるという具合である。「なぜこんな変な店で、1品目のメニュー紹介をされたときに客は帰らなかったのだろうか」「そもそも恐らく外観から変なのに、なぜ店に入ったのだろう」という観客の疑問に対して、冒頭高佐が「どうせ死ぬんだし、焼肉でも入るか」という一言があることで、何となく納得感があるので最後までコントを集中して観られる。単にギャクを並べるのではなく、設定に根拠があり、最低限の説明を提示しているところがベテランの妙味だと思った。(あらっぺ)

『おもしろそう』な空気を作ること
ゾフィー『シンバル』
 クラシックのコンサートで、指揮者からいつ指されるかわからずにシンバルを担当する者がずっとタイミングを計り続けるコント。演奏途中の場面から始まり、このコントの設定やどのような状況になっているのかを1曲目で提示、2曲目でシンバルの叩けなさっぷりを全開に出し、3曲目でようやく叩くことに成功してテンションが上がり、関係のない箇所でもシンバルを叩き続け、指揮者がツッコミながら一緒にはけて暗転する。
コンサートという設定の性質上、台詞は最後のツッコミ箇所以外出てこない。しかも指揮者は客席にずっと背を向けているので、「表情が見えない人」と「シンバルを叩こうとタイミングを計る人」という構造が出来上がる。「台詞がない」「一方の人の表情が見えない」という条件はそのコントの緊張感を増す役割を果たす。そうなると客席側は「いつシンバルを叩くんだ?」という期待感を煽られることになる。2曲目と3曲目の間で一度、すかしたようにシンバルを叩き、3曲目でタイミング良く叩けたことでテンションが上がって叩きまくりはけていくのは、「シンバルを叩く」という行為がこのコントのピークであるから、叩いた瞬間に終わりに向かう構成なんだろうなと思った。
ゾフィー『八百長』
 ヤクザがボクサーに「次の試合は負けてくれ」と伝え、金を手渡そうとするとボクサーはその金を受け取った瞬間にばら撒き「誰が受け取るか!」と拒否をする。ドラマや漫画でよく見るようなシチュエーションである。その後ヤクザは散らばった金を丁寧に拾い続け、しっかりお札の数も数える。綺麗に揃った金をもう一度渡そうとして、またボクサーは受け取った瞬間にばら撒き「誰が受け取るか!」と拒否をする。せっかく綺麗に揃えたお金をばら撒かれヤクザが激昂するというコント。『シンバル』は「シンバルをいつ叩くんだ?」という緊張を引っ張りながら見せるコントであるのに対して、『八百長』は「ドラマや漫画でよく見かけるテンプレ的な場面」と「無言でお金を拾ってお札を揃える場面」のループ構造で、テンプレと緊張を引っ張ることで最後の激昂が引き立つものになっている。
 今回はゾフィーのコント2本の概要を文字にしてみたが、所謂「緊張と緩和」の出し方の工夫がかなりされていたように思う。「緊張」を引っ張る状態が続くと「おもしろそう」感が客席に充満していき、「緩和」の瞬間に爆発するような笑いが起こる。この「緊張」をどう作るかがゾフィーは巧みで、冒頭1分くらいはどのコントも笑いは起きないのだが、そこで説明台詞なしの見せ方で状況説明を行うことや、あえて静寂の場面を作ることで「おもしろそう」を引き延ばすやり方をしていた。おもしろいことをやる上で、「おもしろそう」な空気を作ることはとても重要だと気付いた。(倉岡慎吾)

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